大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和50年(行ウ)4号 判決

原告 株式会社東洋精米機製作所

被告 和歌山税務署長

訴訟代理人 服部勝彦 桑田弘之 嶋村源 ほか三名

主文

1  被告が、原告の昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日まで、及び同年四月一日から昭和四九年三月三一日までの各事業年度分法人税確定申告について、昭和四九年五月三〇日付で原告に対してした申告期限延長申請を却下する旨の各処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  本案前の被告の主張について

原告が、被告に対して、原告の昭和四七年度法人税につき昭和四八年一〇月一日仮申告書と題する書面を、原告の昭和四八年度法人税につき昭和四九年五月三一日確定申告書と題する書面を、同年六月七日右書面に付随する添付書を各提出したこと、請求原因1(二)(1)の事実のうち原告が大阪国税局及び和歌山地方検察庁によつて押収を受けた事実、同1(二)(2)の事実、同1(二)(3)の事実のうち原告がその主張のような申立書を提出し、異議申立をし、被告が原告主張のような処分をしたこと、同1(二)(4)の事実のうち原告が本件各申請をし、被告が本件各処分をしたこと及び同1(二)(5)の事実については当時者間に争いがなく、右争いのない事実並びに〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下のような事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  原告は、原告の昭和四四年ないし四七年度分にかかる法人税法違反嫌疑により、昭和四七年八月三日、大阪国税局によつて帳簿、書類等を押収された。

原告は、右押収により原告の昭和四七年度分の決算ができないことを理由に被告に対し、昭和四八年三月二三日、右年度分法人税確定申告の申告期限延長申請をし、被告は、昭和四八年五月二九日、原告の申請を承認して申告期限を同年七月三一日と指定した。原告は、右同様の理由により被告に対し、同月二日、右同様の申請をし、被告は、同月三〇日これを承認して申告期限を同年九月三〇日と指定した。更に、原告は、右と同様の理由で被告に対し、同月二五日、右同様の申請をしたところ、被告は、同月二七日、右申請を却下した。

2  そこで、原告は、右却下処分に対する異議申立を準備したが、右指定期限までに異議申立をすることも確定申告することも到底不可能なので、原告の経理担当者滝本敏彰が被告署員にこれを相談したところ、被告署員岡某は、決して不利益な取扱いはしないので概算でもよいから申告せよ、と教示したので、原告は、右教示に従い、確定申告をする意思はないが、取りあえず、昭和四八年一〇月一日、被告に対し原告の昭和四七年度分法人税について仮申告書と題する書面を提出した。右仮申告書は、法人税法施行規則別表に定める確定申告書の書式により、同法七四条所定の事項が記載されていたが、そのうち還付金額やその受取銀行名は、その欄があつたのでたまたま記入したにすぎないものであり、右仮申告書中には「添付書」と題する書面が添付されており、右書面には、概ね、本申告書は一部省略、あるいは概算の決算に基づくものであり、原告は、被告のなした申告期限延長却下処分に対する異議申立を準備中であるが、指定された申告期限までには時間的余裕がないので、将来決算に必要な書類が返還された後、修正申告もしくは更正の請求の必要性が起るべきものと予想されるが、これらについても提出期限が定められており当社が不利益を受けるのではないかと危倶しており、一応本申告書を提出する旨記載されている。

3  原告は、昭和四八年一一月二七日、被告に対し、前記確定申告期限延長申請却下処分に対する異議申立をしたところ、被告は同四九年三月一日右却下処分を取り消し、原告の昭和四七年度分法人税確定申告期限を昭和四九年五月三一日と指定した。

4  原告は、昭和四九年四月三〇日、原告の昭和四七・四八年度分法人税確定申告について被告に対し前記押収を理由に申告期限の延長申請をしたところ、被告は、昭和四九年五月三〇日、右各申請をいずれも却下する旨の本件各処分をした。そこで原告は、急きよ税理士に依頼し、原告の昭和四八年度分法人税について、昭和四七年度分のそれと同様の趣旨で昭和四九年五月三一日、確定申告書と題する書面を被告に提出した。もつとも、その際原告の意思が担当税理士に通じていなかつたので、「確定」申告という文字を使用しているが、その趣旨は昭和四七年度分の前記仮申告書と同様であることを被告に表明するため、原告は、被告に対し、昭和四九年六月七日、右仮申告書中の添付書と同様の記載ある添付書と題する書面を提出し、同日、被告に対し本件各処分に対する異議申立をもした。

以上の認定事実によると、原告が被告に提出した右各申告書は、法人税法所定の法人税確定申告書としての要件を形式的には充足する書面であるが、原告が右各申告書を提出した際確定申告をする意思がなかつたことは右認定のとおりであるところ、原告の右意思は、右各添付書中に記載するところにより、被告に充分表明されているものと認められ、よつて、被告は、原告の右意思を充分に知つていたものであり、仮に知らなかつたとすれば、それは被告の過失によるものであるものというべきである。けだし、確定申告ができないため、その申告期限延長申請却下処分に不服があつてこれに異議申立を準備している者が、特段の理由もないのに確定申告をするようなことは通常では考えられないことであるのみならず、原告の昭和四七年度分法人税については、右仮申告書を原告が提出するに至つたのは、原告が原告の右年度分決算確定及び右却下処分の異議申立が被告指定期日までにできないことを被告署員に相談し、その際の被告署員の教示によるものであること、及び被告は原告の右申告書提出後約五か月経過したころ、右却下処分を取り消し原告の異議申立を理由ありと認めてその期限を昭和四九年五月三一日と指定する処分をしていることに鑑みると、被告は原告の右年度分法人税について既に提出されていた前記仮申告書を確定申告書とはとり扱つていなかつたことは明らかである。なお、被告は、右仮申告書に基づく還付金を右仮申告書提出日である昭和四八年一〇月一日付で原告の未納国税に充当し、その旨を原告に通知したので、当初から右仮申告書を確定申告としてとり扱つてきた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないばかりか、仮に被告主張の右事実があつたとしても、被告が原告の右意思を知らなかつたことにつき過失があることにはなりうるが、前記結論を左右するに足りるものとはいえない。

そうだとすると、右各申告書は適式な法人税確定申告書としての要件を形式的には充足してはいるにもかかわらず、原告が被告にこれを提出した際、原告には確定申告する意思がなく、被告もこれを知つていたか、過失によりこれを知らなかつたものであり、このような場合、仮申告ないし条件付申告の制度がないからという理由で、直ちにこれを確定申告であると断定するのは正当ではなく、むしろ、民法九三条但書の趣旨から、右各申告書に基づく原告の申告は、確定申告としては無効なものであると解すべきである。従つて、被告の本案前の主張は理由がない。

二  原告の本件請求の当否について

1  請求原因1(一)の事実については当事者間に争いはない。

2  そこで、本件各処分の違法性の有無について検討する。

国税通則法一一条は、税務署長が災害その他やむをえない理由があると認めるときは、国税に関する法律に基づく申告の申告期限を延長することができる旨規定しているので、右規定からすると、右申告期限の延長の可否を決定することは、税務署長の裁量による処分であるというべきであるところ、行政庁の裁量による処分であつても、その裁量の範囲を逸脱するような重大な違法がある場合には、裁量権の濫用として、その処分は取消されなければならないものと解するのが相当である。

これをもつて本件に見るに、前記争いのない事実と、〈証拠省略〉を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  大阪国税局は、原告の昭和四四年度分ないし昭和四六年度分法人税にかかる法人税法違反嫌疑により、昭和四七年八月三日、原告の帳簿、書類等一二六一点を押収したが、その中に次に述べる本件「無題ノート」等も含まれていた。

(二)  原告は、食糧加工機(製米機、選穀機、混米機、自動包装機等)を製造販売し、訴外雑賀慶二及び同訴外人が理事長を勤める訴外社団法人雑賀技術研究所(以下、訴外法人という。)は、原告のために食糧加工機の技術開発を行ない、右雑賀または訴外法人が開発した試作品、改良品は、これを実地試験の目的で原告において販売し、未だ技術的に不安定ゆえ返品も多くその危険を右雑賀において負担しているので、その販売代金は右雑賀または訴外法人に帰属することにし、右雑賀または訴外法人は原告に販売協力金名義で右代金の一部を支払う、そして右代金は一応原告総務部長大畠耕治が保管し、後日、右試作品、改良品が技術的に安定し、右雑賀がこれを承認すれば、右代金及び協力金を清算し、原告と右雑賀または訴外法人との間で特許権専用実施契約を締結して、原告が右雑賀または訴外法人に特許料を支払つて、完成品としてこれを大量に生産のうえ販売するような関係であつたところ、ことに右雑賀が試作したオートバツカー(自動包装機)は、昭和四五年三月当時未だ技術的に不安定な試作品ではあつたが、他社において既に販売体制にはいつていたところもあつたことから、その市場を確保するため、同年三月六日、原告と右雑賀との間で、大量生産のうえ販売すること及び右オートバツカーに付属する「おりたたみ機」は原告が製作のうえ販売後の維持管理をする、ただし未だ試作品ゆえ従来どおり販売代金は右雑賀に帰属し、右雑賀は原告に協力金と「おりたたみ機」の代金、維持管理費を支払う旨のとり決めをなし、従前どおりその販売代金を右大畠が保管していた。

しかして、原告と右雑賀は、右のような取引関係を明確にするため、昭和四七年七月下旬ころから原告総務部長大畠と右雑賀との間で一週間位にわたつて協議し、同年八月二日、次のとおりの三点にわたつて協議がととのつた。すなわち、(イ)原告が右雑賀または訴外法人に支払うべき約一〇〇件にのぼる特許料を改訂すること、(ロ)試作品、改良品(特に雑賀が試作したオートバツカーは、当時既に単価二〇〇万円ないし二五〇万円で約二〇〇台販売されていた。)について、原告が右雑賀または訴外法人に支払うべき代金額と、そのうち原告が受け取るべき協力金額の確定及びその方法及び凶原告が雑賀から受け取るべきオートバツカー付属品の「おりたたみ機」の代金、維持管理費の金額の確定及びその方法。そして、右大畠は、右了解事項を本件「無題ノート」に六・七ページにわたり記載し、右雑賀はこれに署名し、後日これに基づき正式の契約書を作成することとなつた。右大畠は、右協議に用いられた特許一覧表、オートバツカーの販売先別売上金額、販売費用を記載した一覧表及び右雑賀の領収書控、メモ等の資料を本件「無題ノート」にはさんでおいた。

このように右ノート、資料は、前記のとおり、原告と右雑賀及び訴外法人との間の取引関係、特に前記試作品、改良品に関する販売代金額と協力金額及びその確定方法の了解事項を記載したもので、また右取引関係は原告の他の帳簿類には記載がなく、その基礎資料としては右ノートにはさまれた右資料のみであつた。また、右資料に基づいて協議がなされたため、右資料がなければ右協議事項を復元することは困難な状況にあつた。

大阪国税局は、昭和四七年八月三日前記押収により本件「無題ノート」とともにこれにはさみ込まれた右資料を差押えた。

(三)  原告は、右押収により帳簿類等が差押えられ、そのために原告の昭和四七年度分決算ができなくなつた。そこで、原告は、これを理由に、昭和四八年三月二三日及び同年七月二日、原告の昭和四七年度分法人税確定申告の申告期限延長申請を被告にし、被告は、いずれもこれを承認し、その期限を結局同年九月三〇日までと指定した。

ところで、和歌山地方検察庁は、昭和四八年四月九日ころ、右違反事件の捜査に着手し、そのころ本件「無題ノート」等の移管を受け、同年五月三一日、大阪国税局から、原告からの全押収品を引き継いだ。そこで、原告は、和歌山地方検察庁に右ノート等の返還を請求し、同年九月一〇日ころ担当検察官から右ノートのコピーを交付されたが(右コピーの交付年月日につき、前掲証人滝本敏彰の証言によると昭和四八年七月一九日か二〇日ころと供述しているが、右供述部分は、〈証拠省略〉に照らし、右証人の記憶違いと認める。)、右コピーには、前記雑賀と原告との間の前記協議了解事項及びはさみ込まれていた前記資料の部分が脱漏しており、右コピーでは原告と右雑賀及び訴外法人との取引関係を確定することはできないものであつた。そして、本件無題ノート及び右資料は、所在不明であり、担当検察官がその発見に努めている状況にある。

(四)  原告は、押収品の一部及び前記コピーの交付を受け、昭和五一年六月三日、未だ仮還付されない押収品については閲覧、謄写も和歌山地方検察庁から許可され、その後、一〇回くらいにわたりその半分ほど閲覧したものの、本件「無題ノート」及びこれにはさみ込まれていた前記資料が所在不明のため、原告と前記雑賀及び訴外法人との間の取引関係が確定できず、また、その復元も右ノート等がないため不可能であつたため、原告の昭和四七年度分決算を確定することは不可能である状況は変らなかつた。

そこで、既に認定したように、原告は、前記押収により原告の昭和四七年度分決算確定不可能を理由に、昭和四八年九月二五日、被告に対し右年度分の法人税確定申告の申告期限延長申請をし、被告は同月二七日これを却下したが、原告が昭和四八年一一月二七日、被告に右却下処分に対する異議申立をしたところ、被告は、同四九年三月一日、右却下処分を取り消し、原告の申請を承認して申告期限を同年五月三一日と指定し、更に、原告は、右と同様の理由で被告に対し、同年四月三〇日、原告の昭和四七年度分法人税確定申告の申告期限延長を求め、これと同時に、原告の昭和四八年度分のそれについても申告期限延長を求めて、本件各申請に及んだものである。

以上認定の本件各申請に至る経緯により、まず、原告の昭和四七年度分法人税確定申告に関する本件処分について考察すると、前記押収にかかる本件「無題ノート」及びこれにはさみ込まれた前記資料の所在不明のため、原告において原告の右年度分の決算ができず、そのためにその法人税確定申告も不可能であることは、国税通則法一一条所定の「やむをえない理由」に該当するものと解せられる。そして、被告は、昭和四九年三月一日付原告の異議申立に対して原告の確定申告期限延長申請を承認していたのに、原告にとつて、右ノート等の所在不明という事情が全く変つていない同年五月三〇日原告の本件申請を却下する旨の本件処分をしたものであり、結局、本件処分は、被告の裁量の範囲を逸脱した取り消されるべき違法な処分といわざるをえない(なお、被告は、原告の右年度分法人税につき既に確定申告があつたので本件処分は適法である旨主張するが、右確定申告があつたとは認められないことは既に判断したところであるから、被告の右主張はその前提を欠き失当というべきである。)。

次に、原告の昭和四八年度分法人税確定申告に関する本件処分について考察するに、前掲証人大畠耕治、同滝本敏彰の各証言によると、原告の右年度分においても、原告の昭和四七年度分決算確定ができないため、原告の昭和四八年度分決算についても確定不可能であることが認められ、これに反する証拠はなく、原告の右年度分の決算確定不可能の原因も、また、前記押収にかかる本件「無題ノート」及びそこにはさみ込まれた前記資料が所在不明であるということにあり、昭和五一年になつてようやく押収物の一部閲覧が許されている前記事実関係のもとにおいては、原告の昭和四七年度分の場合と、昭和四八年度分のそれとは、別異に取り扱う理由がないから結局、原告の昭和四八年度分に関する本件処分もまた裁量権の範囲を逸脱した取り消されるべき違法な処分といわざるをえない。

三  以上の次第で、原告の本件請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新月寛 川波利明 礒尾正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例